サンタだらけのNYクリスマス・・・☆ ハーブ&ドロシーもプレゼント準備で大忙し!?

NYに帰った翌々日、町中にサンタが溢れているのにびっくりしました。何でもサンタコンというイベントで、世界中で開かれているそうです。目的は単純明快「サンタの格好をして街に繰り出し、楽しむこと」。シンプルなアイディアですけど、何千人もタイムズスクエアに集まると、圧巻ですね。
http://photo.news.livedoor.com/detail/32486

今NYは、「ホリデー・シーズン」のまっただ中です。NYには、様々な宗教の人がいるので、クリスマスだけではなく、ユダヤ教の 「ハヌカ」やアフリカの「クワンザ」など、他の宗教や民族の祭日も含めて12月を「ホリデー・シーズン」と呼んでいます。

普段は殺風景な通りにもイルミネーションがともされ、お店や家の外も飾りつけされてNYが一番きれいに輝く時です。そして今は、アメリカ人の財布の紐が思い切り緩む時でもあります。家族、友達、同僚、クライアントに、と皆プレゼントを買いまくるのです。アメリカの小売り業界の年間売り上げの半分〜3分の2が 、この1ヶ月のホリデーシーズンに集中してると言えば、その凄まじさは、ご想像いただけるかと思います。

私も、アメリカ人の友人宅に招かれて何度かクリスマスを過ごしたことがあるのですが、とにかく家族間の大量のプレゼント交換にはいつも圧倒されます。小さなキャンドルやキーホルダーといった小物から、ダイヤのネックレス、皮のコートなどの大きなギフト、そしてその中間のどうでもいいような「ペディキュアセット」とか「スウェットの上下」といった品々を合わせると、一人2〜3ダースは、プレゼントをもらいます。

結局プレゼントの多くは後日返品したり、クローゼットの奥にしまい込まれたまま。だったら、価値あるものだけを1つか2つだけプレゼントすればいいのに、と思うのですが、そうするとアメリカの経済が停滞してしまうんでしょうね。

ちなみに、ハーブ&ドロシーは、私がいつもお金に困っているのを知っていて、$50の小切手を切ってくれます(トホホ)。
ありがた過ぎて使えないので、全部とってあります。いつか、額に入れて飾りたいくらいです。

プレゼントと言えば、日本からNYに帰って私を待ち受けていたのは、大きな段ボール箱4つに詰まったTシャツ、そして日本から届いた大量のスケッチブック、チャーリー・クロフのプリント作品などなど。キックスターターを通じて続編を資金援助して下さったサポーターの皆さんへのプレゼントです。

帰国翌日から、スタッフ、インターン、多い時で7人が総出で、 袋詰め、ラベル貼り、郵送に明け暮れる毎日。ドロシーとハーブ も、$500レベルの特典として、50X50のカタログに、一人一人の名前を書いて、サインしてくれました。Tシャツやスケッチブックを袋に詰めながら、そして世界中から支援して下さったサポーターの皆さんの名前や住所を確認しながら、「愛だね〜」と、スタッフと一同しんみりした気分になりました。

最後に。皆さんは、子供に「サンタクロースはいるの?」と聞かれたら何と答えますか?1897年、NYに住む8歳の女の子、バージニア・オハンロンが地元紙NYサン宛に、手紙を書いて聞きました。「私の友達は、みんなサンタなんていないって言うんだけど、本当はどうなんですか」と。同紙が社説として掲載した答えは、100年以上経った今でも、世界中で読み継がれ、アメリカの新聞紙上最も有名な社説となりました。毎年この時期になると、多くのメディアで紹介されるのですが、何度読んでもすばらしい答えで「サンタって本当にいるよね〜」としてしまいます。

今日は、このヴァージニア宛に書かれた答えの一部をご紹介して終わります。皆さん、どうぞステキなクリスマスを!
サンタが沢山のステキなプレゼントを届けてくれますように!

「ヴァージニア、それは友だちの方がまちがっているよ・・・この広い宇宙では、人間って小さな小さなものなんだ。ぼくたちには、この世界のほんの少しのことしかわからないし、本当のことをぜんぶわかろうとするには、まだまだなんだ。実はね、ヴァージニア、サンタクロースはいるんだ。愛とか思いやりとかいたわりとかがちゃんとあるように、サンタクロースもちゃんといる。もしサンタクロースがいなかったら、ものすごくさみしい世の中になってしまう。そもそもサンタクロースはひとの目に見えないものだし、それでサンタクロースがいないってことにもならない。ほんとのほんとうっていうのは、子どもにも大人にも、れの目にも見えないものなんだよ。・・・サンタクロースはいない?いいや、今このときも、これからもずっといる。ヴァージニア、何千年、いやあと十万年たっても、サンタクロースはいつまでも、子どもたちの心をわくわくさせてくれると思うよ。」

全文の訳はこちらに:
http://www.alz.jp/221b/aozora/there_is_a_santa_claus.html

ユニクロ好きのハーブ&ドロシー・・・そして来春DVD発売!

11/15から日本に滞在しています。今は、雪がちらつく札幌です。「札幌はすごく寒いから暖かくしておいで」と友人に言われて、東京でユニクロのダウンジャケットを買いました。というのも、最近ドロシーがユニクロにすっかりはまっていて、ついつい影響を受けてしまったのです。を出る直前、ハーブ&ドロシーを訪ねた時、ドロシーが真っ先に見せてくれたのは、買いたてのユニクロのダウンコート。赤紫色のロングコートに袖を通しながら、かに軽く、ポケットも深くて着心地がいいかを説明してくれました。「これで$100もしないのよ!」と嬉しそうに自慢してました。今年の秋、NYはどこを歩いてもユニクロの広告で一杯でした。地下鉄の改札にある回転バーにまでUNIQLOのロゴがついてました。とにかく認知度を上げるのに、必死だったのでしょう。10月半ば、5番街のユニクロショップが大々的にオープンした直後、ドロシーから短いメールが入りました。「UNIQLOってどう発音するの?」いつもNYの老舗デパート、メーシーズかギャップでしか衣類を買わないドロシーの耳にも、ちゃんとユニクロのブランド名が届いて、店に足を運ばせたのだから、ユニクロのPR作戦は成功かも知れません。

そして先週、ドロシーからまた報告メールが入って来ました。「ユニクロで、ハーブと共有できる短いジャケットをもう一着買ったの。くるくる巻いて袋に入れて持ち歩けるのよ!」もしドキュメンタリーCMというジャンルがあったら、この一連の出来事を撮影してユニクロに持ちこみたいくらいです。東京のイメージフォーラムで『ハーブ&ドロシー』が11/13に封切られてから丁度1年。有り難いことに、『ハーブ&ドロシー』の上映会は、今も全国で続いています。先日は、横浜のジャック&ベティで4回目の上映があって駆けつけました。3度も映画を見てくれたという学生さんや、奥さんが感動したので「見て来なさい」と背中を押されてきたという初老の男性がいたり、まだまだ『ハーブ&ドロシー』の人気が続いているのは、本当に嬉しいことです。上映後には、沢山の質問が出ました。
「二人は今何歳で、元気なのか」
「二人は、最初から撮影を許可してくれたのか。」
「二人のコレクションの中で一番印象に残った作品は何か」
などなど。
そういう質問をされる度に、映画の製作当時を懐かしく思い出します。撮影をスタートしたのは7年前の9月。二人は、撮影をすぐに許可してれたものの、最初はほんの少ししか扉を開けてくれませんでした。自分たちが見せたいところだけ、差し支えない範囲でぽつぽつと撮らせてくれた程度。資金はないけど、時間はたっぷりあるのがTVにはない、ドキュメンタリー映画の強みです。そこでカメラなしで一緒におしゃべりしたり、ご飯を食べたりするうちにだんだん打ち解けてくれるようになりました。3年も発つと、カメラの前で平気で夫婦喧嘩を始めるほどになりました。そういう親密なシーンを撮れたのも、資金不足が幸いしたからですね。もし資金がたっぷりあって短期間で完成していたら、全然ちがうテイストの映画になっていたと思います。

二人のコレクションの中で一番印象深い作品は、何と言ってもリーチャード・タトルの「ロープ」。5センチほどのロープを小さなクギで止めただけの作品で、「なぜこれがアート?」とクビをひねる人も多いと思います。私はこの作品のおかげで、現代ア―トの面白さが少しだけわかるようになりました。このタトルの作品は、11/19中村キースへリング美術館でかれた座談会でも再び話題に上りました。この美術館は、山梨県の小淵沢にあって、なかなかすばらしい美術館ですので、是非皆さん行ってみて下さい。
当日は、上映会もあったのですが、大雨にも関わらず、会場は満席。東京から駆けつけてくれた人もいました。座談会では、館長の中村和男さん、美術ジャーナリストの村田真さん、東京FMのチーフプロデユーサー延江浩さんが参加して、日本人とアート、コレクション、80年代NYのアートシーンなどのテーマでお話をしました。タトルのロープ作品は、日本の一輪挿しに通じるものがあるのでは、という話で盛り上がりました。一輪の花から見えてくる雄大な自然と、一片のロープから見えてくるアーティストの世界観。見せたいもの、伝えたいことをできるだけ多く並べてプレゼンするのではなく、ほんの一部を切り取って、見えないものを想像させる。日本びいきのタトルは、ひょっとすると、一輪挿しからあの作品を発想したのかも知れません。

2007年にホイットニー美術館で開かれていたタトルの回顧展でロープ作品を見た時、私は何とも言えない胸騒ぎを感じました。そして小さな作品だからこそ浮き出される周囲のスペースの大きさに圧倒されました。アート作品の鑑賞とは、作品から見えて来るものだけじゃなくてえないものにも注意を払わなくてはならないことを教えられました。見えないもの、わからない事には、不安をかきたてられます。作品を前に,これがなぜアートなのか、という議論が白熱して取っ組み合いの喧嘩をする人もいるそうです。たかがロープの切れ端なのに、そこまで人の気持ちを逆撫でする力がある。だからこそ、すぐれたアート作品と評価されるのでしょう。

最後に、今回の日本滞在中に、『ハーブ&ドロシー』DVDの発売が正式に決まりました。ポニーキャニオンから、来年4月発売です。コメンタリーに、ギャラリストの小山登美男さんとピーター・バラカンさんをお迎えして対談します。そして削除シーン、日本配給の舞台裏など、特典も盛りだくさん。乞うご期待です!

パーティでのHerb & Dorothy夫妻・・・キックスターターを終えて

先週の土曜日は、イーストビレッジで開いた、
キックスターター・キャンペーンの
カウントダウンを見届け、達成を祝うパーティに
ハーブ&ドロシーも参加してくれた。ドロシーは、
パーティ直前に食べたシェパードパイにあたって
お腹をこわし、到着直後にトイレへ駆け込むという
ハプニングがあったものの、結局最後の
カウントダウンまで付き合ってくれた。
ハーブの妹さんのポーラやアーティスト、
友達も大勢駆けつけてくれた。ハーブは、口数も少なく、
ドロシーの横で静かに座っていた。最近の二人は、
ごくごく静かな毎日なので、久しぶりに
大勢が集まる場に連れてくるのが心配だったが、
二人とも楽しんでくれたようだ。

しかし、この2ヶ月は、
精神的にも身体的にも実にしんどい毎日だった。
おかげさまで、9月初めにスタートした60日間の
キックスターター・キャンペーンは、世界各国から
集まった730人のサポーターに支えられて、
目標額の$55,000をクリアし、
最終的にはその158%、 $87,331の資金が集まった。

週に一度ニュースレターを送り(最後の週は、3回発送)、
4つのフェイスブックアカウント、ツイッター、
タンブラーで常にメッセージを発信、ほぼ毎日
キャンペーンブログを更新、アート関係のブロガーに
呼びかけ、マスコミにプレスリリースを送り、
ハガキやフライヤーをギャラリーや映画館に置いてもらい、
50X50の美術館全てに協力要請のメールを何度も送る。
そして電話やメールでの連日のフォロー、
ミーティング・・・まるで選挙運動のようだ。
資金集めは、筋トレと同じで、最初はつらかったけれど、
そのうち資金援助をためらわずに口に出せる「筋肉」がついた。

この間、他の事はほとんど手がつかなかった。
ひたすら頭を下げて「サポートして下さい」と嘆願する日々。
新しくサポーターが増えるとキックスターターから
メールが入るので、どこにいて何をしていても、
メールが気になって仕方がない。ある日はサポーターが
沢山増えたと言ってはよろこび、翌日は全然ダメだ、
と言っては落ち込む。

一番つらかったのは、数字がほとんど動かない中盤戦。
横ばい状態が続き、1ヶ月経過した中間地点でやっと40%、
残り3週間地点で、50%。スタッフの士気もだんだん下がり、
イライラと緊張感が頂点に達して、チームワークがぐらつき始める。
「メグミさん、一体どうするんですか?!何か戦略は?」
と詰め寄られる日々。

そう、たかがファンドレイジングなのだ。
でも、このキックスターターの面白いところは、こうやって、
周囲の人全てをハラハラどきどきさせて、巻き込んでしまうところだ。
目標額をたて、期日を決める。それまでにお金が集まらないと
すべてを失う。このシンプルで明快なルールがあるからこそ、
資金集めという苦痛極まりない作業が、ある種のゲーム感覚で
楽しめてしまう。それが、キックスターターがここまで
広まった理由でもあると思う。

気の毒なことに、ドロシーもこのゲームに
巻き込まれてしまった一人だ。最後の1ヶ月は、
朝起きてすぐにマックブックに直行し、キックスターターの
サイトをチェックする。気になって、1日に最低5回は
サイトを見ていたらしい。絶望的な声で
「目標額に達成するのはムリじゃない?」という電話が
何度かかかってきた。一斉メールを何度も送って、
サポートをよびかけてくれたり、ハガキをいつもバッグに
入れて持ち歩き、 アパートの廊下で、スーパーのレジの列で、
病院の待合い室で、会う人、会う人に、
ハガキを渡して宣伝してくれた。

そして、キックスターター・サイトのサポーターリストを見て、
あの人が寄附してくれた、この人はまだだわ、と私たち以上に
一喜一憂していた。ありがたいとともに、情けない。
こんなことに巻き込んでしまって申し訳ない気持ちで一杯だった。

終了15日前、シアトルに住むサポーターの呼びかけが、
思わぬはずみをつけた。
「サポーターのみなさん、さあ,支援額を2倍に増やして、
この映画が完成できるよう応援しましょう!」と。
そして、多くの人がつぎつぎと支援額を2倍、3倍に
増やしてくれた。中には、$500を$1,000に増やしてくれる人もいた。

しかし、その効果はそんなに長くは続かなかった。
残り8日、目標額まで、まだ2万ドルも足りない。
私にとっての最後の頼みの綱は、日本の知り合いだった。
このキャンペーンは、まずアメリカで成功させなくては、
と最後の最後まで残しておいた切り札。それは、この1年間で
『ハーブ&ドロシー』日本公開にあたって
お世話になった500人の方々への呼びかけ。
もうダメだ、と断念して一斉メールを送ったのが最終日の8日前だった。

翌日、メールボックスを空けると、日本からの
多くのご支援とともに、去年『ハーブ&ドロシー』の企業スポンサーに
なって下さったハイパーギア社の本田社長から、
スゴいメッセージが届いていた。
「ぜひ、会社でご支援したく思います。2万ドルサポートすれば、
目標達成できますよね・・・・99.9%は佐々木監督をはじめとする、
スタッフとサポーターの方々の努力と熱意と多分、汗と涙でしょう。
でもそこまでして物をつくる、世の中に出していくという喜びに、
あと、0.1%お手伝いできるだけで、実現を一緒に喜べるというのは、
これくらい嬉しいことはありません。」

本田さんからの高額のご支援は、言葉に言い尽くせないほど
ありがたいものだ。しかし、本田さんから頂いたこのメッセージは、
プライスレスだ。深い感動とともに、脱帽させられた。
本田さんの言葉には、
21世紀の新しいアート支援—クラウドファンディングの真髄がある
と思った。こういう気持ちで皆がそれぞれ可能な範囲で
アーティスト支援に参加すれば、世界はアートと愛と感謝で
一杯になるだろう。今回サポートしてくれた730人の方々も、
こういう気持ちで参加して下さったのかと思うと、とても謙虚な
気持ちになった。そして、私自身もキックスターターで、
いくつかのプロジェクトのサポーターになった。

翌日から続々と届いた日本からの寄付のおかげで、
目標額はあっという間にクリアし、その後も支援は続いた。
そして『ハーブ&ドロシー50X50』は、
キックスターターで成功した1万以上あるプロジェクトの中の
上位1%、また映画部門では、上位17位にランクされた。

大変だったけれど、とても貴重な経験をさせていただいた。
製作資金の調達だけではなく、支援とは何か、
支援されるには何が必要で、どのような責任を伴うのかを教えられた。

みなさんの大切な1ドル1ドル、そして夢と期待に紡がれて、
この続編は一体どんな映画になるのだろう。楽しみであると同時に、
大きなプレッシャーを感じる。とにかく、がんばらなくては、です。
これからギアチェンジをして、再び製作現場に戻ります。

海を越えてアート&映画支援をしてみませんか

日本からご支援頂くには、支払いのプロセスが少々ややこしいので、広く告知していなかったのですが、それでもフェイスブックなどを通じて、沢山のご支援をいただきました。ありがとうございました。

キャンペーンの締め切りまで3週間となり、目標金額にまだまだ遠い状況です。『ハーブ&ドロシー50X50』続編のファンディングにご協力いただければ幸いです。前回のメルマガで、キックスターターのしくみなどを詳しくご説明したので、ここでは省略しますが、以下のキックスターター・サイトにて、映画の内容、トレーラー、金額に応じた特典の内容など、詳細が説明されています。

『ハーブ&ドロシー50X50』キックスターター・サイト(英語のサイトです)

キックスターターを通じてファンディングに参加頂いた方には、金額に応じて素敵な特典をお送りします。

オリジナルT-シャツや映画のDVDの他、リンダ・ベングリスやローレンス・ウイナーなど、ボーゲルコレクションの有名アーティストから提供して頂いたオリジナル作品を用意しました。特に、コンセプチュアル・アートの巨匠、ウイナーが新作映画のためにデザインしたスケッチブックが人気です。また$300以上のサポーターの方は、映画のエンドロールに名前が入ります。以下に特典の一部をご紹介します。
※尚このキャンペーンでお送りするDVDは、英語版で字幕は入っていませんので、ご了承下さい。

・$10〜: 『ハーブ&ドロシー50X50』の無料ダウンロード
・$20〜: ドロシーから、メールで初心者向けの
        アートコレクションの秘訣5点のアドバイス(英語)+続編映画ダウンロード
・$25〜: 『ハーブ&ドロシー』サウンドトラックと映画のダウンロード
・$35〜: 続編映画のDVD
・$50〜: 50X50キャペーン特製Tシャツ&映画ダウンロード
・$200〜: ローレンス・ウイナーが続編50x50のためにカバーデザインを
        した特製スケッチブック+Tシャツ+DVD
・$400〜: チャーリー・クロフ作品の限定プリント、他
・$500〜: ハーブ&ドロシーのサイン入り50X50カタログ
         +スケッチブック+DVD+Tシャツ
・$750〜: ローレンス・ウイナーの直筆サイン入りスケッチ・ブック
         (アート界が注目!)、他
・$1000〜:続編の世界プレミア&パーティへ2名様ご招待
       (NYでの予定・旅費別)
        +Tシャツ+DVD+サイン入りスケッチブック
・$5000〜:監督参加によるプライベート・スクリーニング、他
・$7500〜:リンダ・ベングリス ワックス・ペインティング、他

(このキャンペーンは2011年11月5日に終了致しました。
ご参加頂いた皆様、ありがとうございました!)

アメリカに見るアート支援システム“キックスターター”

映画製作のプロセスの中でも、資金集めは一番苦労する部分です。
アメリカの大学には、ファンドレイジングを教える学部もあるくらいで、
特殊な技術と才能を必要とする専門分野として確立しています。
お願いする時には、プッシュしすぎてもいけないし、
控えめすぎてもダメ。このさじ加減が実に難しい。
ファンド・レイジングは、まさにアートだなあといつも思います。

アートなファンド・レイジングと言えば、
ウエブを使った資金集めのサイト「キックスターター」が、
最近アメリカで大きく注目されています。
実は私たちも今、このサイトを使って続編の資金集めの
キャペーンをしています。アート、音楽、映画、ダンスなど、
クリエイティブなプロジェクトは、今まで、財団や企業、
一部の裕福な個人による高額の資金援助で実現してきました。
それが、キックスターターのようなサイトを通じて、一般の人が
小額の資金援助($1から可能)をできるようになりました。
「クラウド・ファンディング」と言って、こうしたウエブを通じた
資金集めのやり方が、ここ2年ほどで急速に広まっています。
少数のパトロンに頼るのではなく、大勢の一般サポーター
による「民主的なアート支援」が実現しているわけです。

キックスターターがユニークなのは、クリエイティブな
プロジェクトに限っていること、寄付のお返しとして、
サポーターへのプレゼントを用意しなくてはならないこと。
そして、目標金額と締切り日を定めて、期日内に目標に
達しない場合は、集まったお金が全てサポーターに戻される
という、ALL OR NOTHINGのルール。
例えば、私たちの目標金額は5万5千ドルなんですが、
締切りの11月5日深夜になって、1ドルでも足りないと、
お金は全てサポーターに戻されてしまいます。

最初は「そんなバカな」と思ったのですが、キックスターターが
成功したのも、実はこのゲーム性があるからだと思います。
人間は、明確なゴールと締め切りがあると、俄然頑張るんですね。
成功するプロジェクトは、大抵締め切り前の1週間に、
どっと最後の寄付が集まって,目標に到達するそうです。

キックスターターは、会社が設立されてまだわずか2年半ですが、
1万件以上のプロジェクトをサポートし、合計7500万ドル(約58億円)
相当の資金集めに成功しています。

私たちは、今年の夏一杯かけて、このキャンペーンの準備をしました。
他の成功した映画のプロジェクトを調べて、キックスターターのしくみを研究し、
アーティストにお願いしたり、Tシャツのデザインなどの特典を用意するのに
随分手間取りました。準備万端整えて、9月6日に60日の期日でスタート。
ほぼ半分の1ヶ月がすぎた今、目標金額の47%、2万6千ドル到達。
まだ半分に達していないので、少々焦りがでてきてます。

スタッフ3人で、毎週一度一斉メールを送り、フェイスブック、ツイッターなど
ソシアル・メディアでのよびかけ、ブログ更新、サポーターへのメッセージ、
各方面に電話やメールでのフォロー、マスコミ対応、ミーティングなどを
ほぼフルタイムで進めているのですが、それでも追い付きません。

フェイスブックにも書きましたが、10日ほど前の深夜、知らない人から
突然1万ドルの寄付が舞い込みました。さすがアメリカは懐が深い!と
感動したのもつかの間、結局その寄付は「ひやかし」だったことがわかり、
次の日あっけなくキャンセル。

他にも「サポートではなくて、この映画に投資したい」
「私は、賞をほとんど総なめにした経験ある映画プロデユーサー。
編集のアドバイスはいかが?」などのオファーがあったり(大体はあやしい)
「トレーラーに出ている赤いネクタイの男性がとてもステキ。連絡先教えて!」
なんていうメッセージもきます。

ある日は、どどーっとサポーターが増えたかと思うと、次の日はゼロ。
またある時は、見知らぬ人から$1000ドルの寄付を頂いたり(こちらは本物)、
何かある度に一喜一憂。心身ともに疲れます。

残りあと23日。11月5日までに3万ドル近い金額を集めなくてはなりません。
ローラーコースターに乗ってるような毎日が、あと3週間近くも続くと思うと、
とほほ、です。

明日は、イタリアのナポリで開かれるアート関係の映画祭、
ARTECINEMAに向けて出発。
しばらくは、キックスターターの事を忘れて骨休めしてきます。

なぜ続編『ハーブ&ドロシー50X50』をつくろうと思ったか

『ハーブ&ドロシー50X50』の続編が67分までつながった。
編集の途中でインディアナポリス美術館の映像を見ながら、
「続編をつくろう」と決めた時の事を思い出している。

4年の製作期間を終えて『ハーブ&ドロシー』が完成したのが
2008年6月初め。その直前に、ハーブ&ドロシーの
寄贈プロジェクトDOROTHY & HERBERT VOGEL
COLLECTION:50 WORKS FOR 50 STATESが発表された。
アメリカの国立美術館として、最大規模のナショナル・ギャラリー
でさえ、4千点を越える二人のコレクションにはお手上げだった。
結局1100点だけを収蔵して、残りを何とかしなくてはならない。
その解決策として考え出されたのが、このプロジェクトだった。
50作品をひとまとめとして、50のグループをつくり全米50州の
美術館に、合計2500点を寄贈するという壮大な計画である。

当時は映画を完成させることで精一杯、そして寄贈計画について
映画で紹介する余裕もなく、結局映画の最後にテロップ処理で
済ませた。アメリカのアート史上に残るような構想と聞いても、
精も根も尽き果てていたので、まさか続編を作ろうなんて夢にも
思わなかった。

作品の寄贈を受けた美術館は、5年以内に50点全部を揃えて
「展覧会」を開かなくてはならない。一番乗りで展覧会を
開いたのがインディアナポリス美術館だった。ハーブ&ドロシーは、
元の館長と仲がよかった関係もあり、オープニングに出席すると
いう。それが2008年の12月で、二人が飛行機で旅行した
最後となった。二人が行くのであれば、DVDのボーナス映像にも
使えるかも知れないし、とりあえず撮影しておこう、と軽い気持ちで
同行した。

インディアナポリスは、中西部でシカゴに次ぐ2番目に大きな
都市で人口83万人。インディアナポリス美術館は、全米で8番目に
大きい美術館で、世界有数の江戸の美術や、
優れたターナー・コレクションで知られている。

スウ・ドーホーやキャラ・ウオーカーの作品が展示されている
現代アートのコーナーを抜けた奥にハーブ&ドロシーのコレクション展
があった。COLLECTED THOUGHTS と題されたその展覧会に
一歩足を踏み入れた時、ガツンと頭を打たれた気がした。
私は4年間もハーブ&ドロシーと過ごし、彼らの人生について
映画で語りながらも、二人のコレクションについて実は全然
わかってなかったのだ。というのも、私は二人のコレクション展を
美術館で見るのは、それが初めてだった。作品を撮影したのは、
二人のアパートとナショナル・ギャラリーの閲覧室で、あとはスライドや
カタログで見ただけだった。

ほとんどがドローイングで確かに二人のあのNYのアパートに
収まる小品ばかり。ミニマル、コンセプチュアル・アートに限らず、
アブストラクトな作品や彫刻、写真のコラージュもある。そして、
全く名前を知らないアーティストの作品も多い。 実につつましい
ながらもすぐれた作品の数々。それが、フレームに収められ
美術館の照明の下で展示され、「コレクション」として全体像が
見えた時、二人がほぼ半世紀に渡って注いできたアートへの
愛と情熱が圧倒的なパワーとなって伝わってくる。

ハーブとドロシーは、コレクターとして、何てすぐれた目を
持っているのだろう。そう心から納得できた瞬間だった。それは、
有名な俳優の舞台裏の生活を何年も密着した後に、初めて
舞台でスポットライトを浴びて演技するところを見たような感動だった。

その日、撮影を終えてカメラマンとインディアナポリスのバーで
ビールを飲みながら「私やっぱり続編をつくるわ」と宣言していた。

50の作品は、ミニ・ヴォーゲル・コレクションとしてまとめられ、
どの美術館で見ても、コレクションの全体像が見えるように
キュレーションされている。2500もの作品を50のグループに分け、
引取先を探すのは、気が遠くなるような作業だったと思う。
そして全米に散らばって行って、地元の人はどんな思いで
ハーブ&ドロシーのコレクションに触れて、反応するのだろう?
アラスカやハワイ、ノースダコタで、ミニマル、コンセプチュアル・アート?!

記録して、二人の物語の完結編としよう。そう決意してほぼ3年が
過ぎた。死ぬほど大変な思いをして一人目を産んでも、
しばらくすると痛みやつらさをすっかり忘れて気がついたら二人目を妊娠・・・

続編は、そんな風に始まった。今、つながったラフカットを見ると、
まだまだ撮り足さなくてはならない映像やインタビューも多い。
来年はハーブ&ドロシーの結婚50周年記念なので、何とか
あと半年ほどで完成させなくては・・・と日々頭を抱えている。

9/11から10年―忘れることと許すこと

9/11から10年たった今日、あの日に撮影したテープを引き出しの奥から引っぱり出して見てみた。10年間一度も見返すことがなかった映像だ。

10年前の9月11日の朝は、雲一つない真っ青な空が広がっていた。ツインタワーに飛行機が突っ込んで行った時、私は今と同じブルックリン・ハイツのアパートで呑気に寝ていて、朝からじゃんじゃんなり響く電話に起こされた。日本やヨーロッパからかけてきた家族や友達が、次々とメッセージを残していた。『NYが大変なことになってる!』と。起きだしてTVをつけて愕然とする。外へ飛び出して、イーストリバー沿いのプロムナードへかけつける。そこは、マンハッタンのちょうど川を挟んで向かい側に当たり、高台になっていて、目の前にウオール街の摩天楼が見える。 対岸の世界貿易センターからもくもく煙が上がっているのを、大勢の人が呆然と眺めている。静かに涙を流している人もいる。ラジオにかじりついて、ニュースを聞いている人もいる。

心がざわざわする。一体世界はどうなってしまうんだろう。私は今、何をすべきだろう。とりあえず今起きていることを撮っておこうと、ソニーのビデオカメラを取りにアパートへ戻る。プロムナードへ引き返して来て、その手前でドッカーンというものすごい音。爆弾が落とされたのかと思った。戦争が始まったのかと思った。ツインタワーの一つが崩壊した音だった。その灰塵で快晴の空が途端に曇って、濃い霧がかかったように世界が灰色になる。1メートル先も見えない。プロムナードで静かに対岸を見守っていた人たちからどよめきが起きる。「次は、どこが狙われるんだろう?ブルックリン橋?」

この時、私が圧倒されたのは「憎しみ」のパワーだった。この世界のどこかで、誰かがアメリカを、そしてNYに住む私たちをとてつもなく憎んでいる。その憎しみが、前代未聞の「暴力」となって、今目の前に現れている。それは、言葉では言い尽くせない衝撃だった。怒りという
より絶望、悲しみだった。人の憎しみというのは、こんなスケールで、形で、具現化するものなのか、と。

私はカメラを持ってブルックリン橋からマンハッタンへ向かう。とりあえず現場へ行って記録しなくては、と思う。今起きていることを忘れないように。

橋を渡ると、マンハッタン側から灰にまみれた人たちがゾンビのように続々と歩いてくる。ほとんどがスーツ姿。ウオール街で仕事をしていた人たちだろう。まるで映画を見ているような光景。

マンハッタンに入ってから、人の流れや警察の支持に逆らってダウンタウンへ向かおうとするが、全くダメだ。当時の私は、プレスパスもないので、現場にも近寄れない。橋を渡ってしばらくすると、知り合いにばったり出会った。彼女は、当時ツインタワーのすぐ近くにオフィスがあるドイツ銀行に勤めていた。頭からつま先まで真っ白だった。オフィスへ着く直前にタワーが崩れてきて、吹き飛ばされたらしい。
怪我もなく無事だったのは奇跡に近い。でも靴はなくして裸足で、ボロボロの鞄の中は、灰だらけだ。私を見てワーッと泣き崩れる。
彼女は、そのままアッパーイーストのアパートへふらふらと歩いて帰って行った。しばらくして、ドイツ銀行を辞めて、アラスカへ移住した、と聞いた。

その後、何を撮るでもなく大混乱のNYの街を彷徨い、カメラを回し続けた。夕方、力尽きた頃、歩いてとぼとぼとマンハッタンブリッジを渡ってブルックリンに戻る。撮影したテープを家に帰って一度だけ見てそのまま引き出しに放り込んでしまった。とりあえずカメラをまわすことで、あの現実離れした1日をやり過ごすことができた。でもテープは二度と見直さなかった。

今日プロムナードへふらりと行って見ると、ツインタワーがあった頃の写真が飾られて、その前に花が添えられていた。『NEVER FORGET』(決して忘れるな)という一言と共に。9/11を境に、NYが、アメリカが、世界が一変したと言う。では、何がどう変わっただろう、と身の回りの生活を見回してみる。空港のセキュリティは厳しくなった。ニューヨーカーは、少しだけ忍耐強く、そしてやさしくなった(気がする)。”If you see something, say something” 『何か(不審なもの/人を)見かけたら、通告しよう』なんていうモットーが日常の一部になった。大統領がかわり、深刻な不景気になった。他には明らかに変わった、と言えることはないかも知れない。ただ、あの日の衝撃は、私たちの中で、まだ消化しきれずに残っている。グランドゼロは、綺麗に整備されて『フリーダムタワー』が建設途上だけれど、
あの時に対岸まで飛んできたツインタワーの残留は、未だにこの辺をちらついている、そんな感じなのだ。

丁度10年目の今日、街角から、メディアから、9/11のことを『決して忘れるな』という声が一斉に聞こえてきた。クリントン元大統領は演説で「この日のことは、2500年たっても決して忘れない」と言った。その言葉は、12月になるといつも流れる“Remember Pearl Harbor” 『真珠湾を忘れるな』のマントラと重なる。この『忘れるな』という呪詛が、広島で、長崎で30万人の命を一瞬のうちに奪う結果となった。

2001年9月11日、NYで3千人近い無実の人の命が奪われたことは覚えておくべきだろう。でも、もう一つ忘れてはならないのは、9/11をきっかけにアフガニスタンとイラクで二つの大きな戦争が始まったこと(しかもイラクは、9/11とは全く関係ないのに)。そして数十万人もの人々の命が奪われ、このドロ沼の戦争には10年たった今も終わりが見えていないことだ。

クリントン元大統領は、以前にも『決して忘れない』と言ったことがあった。任期を終えた時の記者会見で、モニカ・ルインスキーをきっかけとした一連の大統領弾劾訴追事件について質問された時。ある記者に『あなたは、この事件をいつか忘れられますか?』と聞かれて“I can forgive, but never forget.”『許す事はできるけど、決して忘れはしない』と答えた。

英語の表現では、よくFORGET とFORGIVE (忘れることと許すこと)がセットで使われる。「9/11を決して忘れるな」という言葉の向こうにちらついているのは、いつまでも憎しみの気持ちを忘れるな、許してもいけない、というメッセージだ。振り上げたコブシを下ろせずにいるアメリカは、こうつぶやくしかないのだろう。

NYのあるヨガの先生からは、こんな教えを授かった。『とにかく忘れなさい。そうすれば自然に許せるようになる』。
忘れて、そして許すことができなければ、私たちの住む世界、社会、職場、家庭から、憎しみや対立、戦争はなくならない。

9/11を忘れるな!という大合唱が響くNYで、10年前に撮影した映像を見ながら,今日1日、そんなことを考えた。

台風直撃報道を前に、ハーブ&ドロシーの二人は!

今回がメールマガジンの第1回目。ブログも書いたことの
ない私が、ちゃんと皆さんに読んでいただけるものをお届
けできるのでしょうか?と不安一杯。どきどきです。配給
チームの皆さんにお尻をたたかれ、やっと重い腰を上げま
した。NYで身近に起きていること、そしてハーブ&ドロシ
ーのその後の様子や続編の進み具合をお知らせしていく
予定です。皆さんからも「こんな事が知りたい!」というリ
クエストや質問があれば、どんどんお寄せ下さい。

今はNYに着きました。今回は、4ヶ月半ぶりの帰国でした
が、今回の滞在中の後半は、どこへ行っても台風、台風、
台風で疲れました。実際の台風ではなくて「台風がくるぞ
ー」という予報に、です。

8月末は、アート台北にご招待されて、台湾へ行ってまし
た。『ハーブ&ドロシー』はメインイベントの1つとして
3回上映され、おかげさまで毎回満員立ち見で大盛況で
した。アートフェアの最終日、丁度日本へ帰国する当日、
ここでも台風が来るという予報。帰れなくなるのでは、と
心配したのですが、結局台風は西へ抜けて影響は全く
なく、飛行機も時間通りに飛びました。

今週初めにNYを「直撃するはず」だった台風アイリーン
(それにしても、なぜアメリカ人は台風にいちいち名前を
つけるんでしょうねえ。誰か知っていたら教えて下さい)。
フェミニンな名前にそぐわない、超ド級の台風と予想され
ていたのに、NYに到着する頃には拍子抜けするくらい弱
まってました。NYのブルンバーグ市長は、台風が来る前
から地下鉄、バスなどの公共の交通機関を全て停止(NY
史上初めてだそうで)、避難命令が出され、やれ停電にな
るの、ネットもつながらなくなるの、と大騒ぎになりました。
というのも、NYではつい1週間ほど前に(とても小さな)地
震が50年ぶりにあったばかりだったので、市長始めちょっ
とパニクってしまったのかも知れません。

NYのみんなは大丈夫?とフェイスブックで問いかけたとこ
ろ「パーティ騒ぎだよ。You know how New Yorkers are? 
(ニューヨーカーのやることだもの、わかるでしょ)」
という返事。多くのビジネスには大打撃でしたけど、酒屋
さんだけは、大晦日なみの大繁盛だったそうです。9/11
以来こんな感じでNYの人は台風も大停電もパーティでお祝
いするのが習慣になっています。「テロでさえなければ
ラッキー。乾杯!」みたいな感覚で。

私達は、台風の(予報の)影響で8月29日にスタート予定
だったあるキャンペーンを延期せざるを得なくなりました。

ハーブ&ドロシーはというと、3日分の食糧を買い込んで
マンハッタンのアパートに籠っていたようです。停電をと
ても心配していて、あの狭いアパート内を移動するのに
懐中電灯を手放さなかったとか。私の仲のいい友達がす
ぐ近くに住んでいるので、何かあったらすぐにかけてつけ
てもらえるよう一応頼んではおいたのですが。こういう時、
子供がいない二人は本当に大変だな、とつくづく思います。

最後、簡単に続編の進行状況のお知らせです。今のところ、
撮影は7割ほど終わりました。今度は、二人のコレクショ
ンに焦点を当てるので、二人がどんなアートを集めていた
のかがよくわかって、アートの楽しさが満載。そして勿論、
ハーブ&ドロシーの近況もたっぷりご紹介します。今後の
予定は、資金集めをしながら、同時に残りの撮影とオフラ
インの編集を進めて行きます。目指すは、来年春の完成で
す。

詳細は、今後のメールマガジンでお伝えして行きますので、
乞うご期待!

9/4 到着したばかりのNYにて