監督&プロデユーサーの脳みそと筋肉を使い分ける

日本での3週間の滞在を終えて6月末にNYに帰って来た。

日本では、未だ不足する製作資金集めに奔走し、来年春に向けての続編の日本公開の準備を整えてきた。今NYでは、頭を切り替えて編集作業に集中している。

プロデューサーとディレクターを一人で兼ねているので、ビジネス面も監督業も全部自分でやらなければならないのは、本当にシンドイ。
使う脳みそも筋肉も全く違う。人格も入れ替わるのではないかと思う。日本にいる時には、朝から晩まで人と会い、ミーティングの連続。
朝ホテルを出て、夜寝る直前までしゃべりっぱなしだった。

映画監督に限らず、アーティストーつまり表現する仕事をしている人—にとって、一番苦手なのがこの部分だと思う。どんなにすばらしいアイディアがあっても、実現するための資金を集められなければ何も作れないし、一人でも多くの人に作品を見てもらうためには、マーケティングの知恵も必要だ。それは、目の前にいる企業や財団の代表者に向かって、自分の作品をアピールすることから始まるのではないかと思う。一人の人間に自分の情熱を伝えられなくて、どうやって大勢の人に訴えるものが作れるだろう。私も、知らない人のところへ行って頭を下げて「お金を下さい」と言って廻るのはイヤだけれど、ここを乗り越えなければ映画を作り続けられない、と自分に言い聞かせて鍛錬している。

NYに帰ってくると、私の役割はプロデューサー業からディレクター業に変わり、一気にトーンダウンした。人とのやりとりはほとんどがメールになり、オフィスや自宅にこもって映像を見て、資料を読み、じーっと考える日々が多くなる。しかし、人との折衝で精神的にかなり消耗した後で、映画製作の現場に戻ると、乾いた大地に水が戻ってきたように、元気になる。

NYに戻ってすぐ、編集のバーナディンが住むウッドストックへ向かった。NYから車で北へ3時間ほど行ったところにある町で、1969年のロック・フェスティバルで有名になった(実際に開かれたのは近くのベセナという町だけれど)。いつもは、バーナディンが日帰りでNYへ来て終日打ち合わせをするのだけれど、今回は独立記念日の休暇もあったので、私の方から出向いて、2泊3日で編集合宿をしてきた。

森に囲まれた小さなバーナディンの家は、おとぎ話に出て来るような瀟洒なたたずまい。蟻の駆除や野生動物対策で苦労しているらしい。
「運が良ければ熊の親子が家の前に出てくるよ」とバーナディンが言うので楽しみにしていたが、あいにく熊には会えなかった。

私が日本に滞在中、バーナディンは全てのシーンを編集し終わり、2時間のラフカットが出来上がっていた。いったん繋がった全米12の美術館、6人のアーティスト、ハーブ&ドロシーの自宅や、マイアミ・アートバーゼルなどでのシーンを、さらに小さなテーマごとにばらばらに切り刻む。頭がクラクラする。一体、どうすればこのパーツがスムーズに流れるように繋いで行けるんだろう?登場人物のインタビューからキーワードを探しながら、バーナディンとブレーンストーミングを繰り返し、細切れになった映画を再編成して行く。

前にも書いたが、先日アーティストのリチャード・タトルに会った時、この映画は、私にとっての「成長の記録」となるはずだと言われた。
そして、この映画は一つの軸にそってすうっと流れるのではなく、一枚の大きなタペストリーのように広げて編み込むものであるのが見えて来た。そこには、ハーブ&ドロシーや、全米の美術館、地元の子どもたちやアーティストたちの絵柄が細かく編み込まれ、アメリカのアートの世界模様が映し出されている。アートって何? 美術館って何? アーティストにとっての成功や名声って、何? という問いがタペストリーから投げかけられる。それは、私がこの映画製作で綴ったアート探求の旅の記録でもある。

来週の月曜日には、いよいよ作曲家のデイビッドと音楽の打合せ。編集もいよいよ大詰めを迎える。そして、一カ月後の8月16日は、ハーブの90歳の誕生日。ただ、最近どうもハーブの容態があまり良くないのが心配だ。早く元気になってくれることを祈るばかりだ。

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