明けましておめでとうございます

大変遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
新年が、みなさまにとって健やかで実り多い年となりますように!

今年は、いよいよ新作『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』が
春に公開されます。どうぞよろしくお願い致します。

さきほど3週間の日本滞在を終えて、NYに戻ったところです。
これから、いよいよプレス向け試写会がスタートします。
ステキなメインイメージも決定しました。

私がNYへ戻る前日、どか雪に見舞われた東京で、
マスコミとアート関係のごく少数の方を集めた内覧試写会を開きました。
(ありがたいことに、あの悪天候の中、20名ほどの方がベタ雪を
かきわけて来てくださいました!)

一体どんな反応があるのか。
楽しみでもあり、恐ろしくもあり、ドキドキでした。

前作の『ハーブ&ドロシー』完成後は、緊張が解けて脱力状態となり、
疲労も重なってしばらく寝込むほどでした。
今回はそんな暇もなく、できたてで湯気がまだ上がってる
マスター・テープをNYから抱えて帰国。

完成前のNYでは、音と映像が2フレームずれているとか、
コピーしたDVDの画面比率が間違った設定になっているとか、
最後の最後まで細かいトラブルが続き、
結局完成は、出発前日ぎりぎりまでかかりました。

NYでもまだスタッフ以外は完成作品を見ていないので、
今回が初めてのお披露目になるわけです。
いやはや、本当に緊張しました。最初の批評が下されるわけですから。

映画が終わってから、皆さんの表情を見回すと、
きょとんとしている人もいれば、涙をぬぐっている人もいれば、さまざま。
「質問をどうぞ」と言っても、手を挙げる人はゼロ。
うーん、何か反応にぶい?

心配していたのですが、その後個別にお話してみたら「心から感動した」
「前回より完成度が高くなっている」などのお声を聞けてほっと一息。
しかし一方で「アートに傾倒した内容なので、一般ウケしないんじゃないか」と
心配してくれる人も。

私としては、最初からア―トの話にしたかったので、そういうコメントは
当然予想していました。「現代アートの話だから日本では受けない」という意見は、前作の時にもさんざん聞きいたけれど、結果としては多くの人が見てくれた
わけです。確かに前作は、「夫婦愛」という切り口があったので、
一般の人にもウケが良かった。

でも、あれがアートの話じゃなかったら?
現代アートへのアレルギーは、日本でもここ2〜3年随分減ってるような
気がしていたし、ハーブ&ドロシーから入れば、
拒否反応も少ないのでは?と思ったけれど、どうなんでしょう?

もうひとつ。

ラスト・シーンの反応が極端なので驚きました。
ある女性からは、「感動しすぎて、涙が止まらなくて恥ずかしいくらい」という
意見があったと思うと、男性から「もっと感動的に作ればよかったのに」という声。ラストは、明かしてしまうと、まあハーブが亡くなった後のシーンなんですね。
私は、ここで自分の感情をぐっとこらえて、
あえて感傷的にならないように作りました。

100%言いたいところを70で抑えた感じ。そして、30は空白を空けておいて、
見てる人それぞれの気持ちで埋めてくれればいいと思っていた。
ところが、これが足りなくて、100で目一杯にして欲しかった、という意見。

つまり、今日言いたかったのは、世の中の人全てを満足させる作品にするのは
不可能ということ。当たり前すぎてアホらしく聞こえるかも知れませんが、
これを身体で覚えて納得するのは、結構難しいのです。
ローリングストーンズやピカソ、スピルバーグでさえ
人類全てに愛される作品を作れないわけですから。

何らかのネガティブな反応に出会うのは、表現者として避けられないプロセス。
前回もさんざんな目に会って、わかってはいるはずなのに、
やっぱり作品ができて、人前にさらす度にへこみますね。
これは、きっと一生続くのだと思います。

大統領選でも使われているクラウド・ファンディング

今日は、3度目の大統領討論会。ロムニーが外交問題に疎いせいもあって、お互いの突っ込みが弱くて面白くなかった。討論会後に出た世論調査では、浮動票のオバマ支持が53%・・・微妙なところですね。

何としても、オバマに再選して欲しい! 私はアメリカの市民権がないので、投票できないのだけれど、去年、クラウド・ファンディングを始めてから、みなさんに支援をお願いするだけではダメで、自分も支援する気持ちをちゃんと伝えなくては、と思い立って、以来毎月10ドルづつオバマの選挙キャンペーンに寄付をしている。

アメリカに住んで25年にもなるけれど、選挙活動に寄付したのは、今回が初めて。その後メーリングリストに載ったので、毎日キャンペーン・オフィスからメッセージが届くようになった。そして、このメールが、実によく出来ているので、いつも感心して見ている。送るタイミング、送信者の名前、体裁、内容、全てシンプルながら、相当考えられたものであることがわかる。

例えば、さっきTVで討論会を見終わり、オバマが舞台裏に退場した、と思った瞬間に、メールが届いた。

しかも、題目が “Hey”ですよ。日本語に訳すと、こんな感じ。

「メグミ、(必ずファースト・ネームで、Dear とか、敬称もなし)、
あとは、君次第。4ドル出してよ(Please もなしの命令形)。それで勝とうぜ!」

その下に、$4~250までのレベルで、QUICK DONATEのリンク、最後に 「ありがとう、バラクより」

日本語にするとものすごく図々しくてイヤな感じに聞こえるかも知れないけど、英語の表現だと実に親しみやすく、友だちからメールをもらったような感覚。

うだうだと説明もせず、人々の心を一言でキャッチできるように、とても念入りに練っているはずなのに、そういう意図も全く見えない。(でもクラウド・ファンディングの経験者には、わかる!)送り主も、オバマ本人からで(最初このメールが届いた時は、本当に驚いた!)、大統領とか、選挙事務所とか、そんな言葉は一切なし。だから、普通のメールと思って開いてしまう。

送り主は、副大統領のジョー・バイデンのこともあるし、奥さんのミシェル、ビル・クリントン、時には、サラ・ジェシカ・パーカーのように、セレブから届くこともある。でも、いずれのメッセージも、同じようにシンプルで、軽くて、でもちょっとだけ心にひっかかる事をさらっと言っている。

さすがだなあ、と思う。誰が、どのように戦略を立てているのかわからないが、オバマの選挙運動スタッフは、まさにクラウド・ファンディングの極意をつかんでいるなあ、と感心する。

で、やっぱりこの軽い誘いに乗って私もするっと$4のボタンを押して寄付をした。今日の討論、オバマが頑張ってくれたから$4くらい寄付しなくては、ですよね。QUICK DONATEのボタンをワンクリックして、パスワードを入れて、それでおしまい。このネットのインフラの整い方もすばらしい。

ということで、アメリカのクラウド・ファンディングは、大統領選にまで使われている、というご報告でした。

5年ぶり、クリストとのインタビュー

撮影後にクリストとクルーと

前回『ハーブ&ドロシー』のインタビューで、マンハッタンのクリストのスタジオを訪れたのは、5年前。まだ奥さんのジャンヌ=クロードが健在の頃。必ず2ショットで二人同じサイズで画面に入るように撮影すること、とジャンヌ=クロードに厳しく指示された。クリストが話そうとすると、真っ赤に燃えるような髪の毛を揺らして、彼女が話し始める。夫婦二人のやりとりが痛快だった。

クリストは、今回インタビューを快諾してくれたものの、一人で、どれくらい話をしてくれるのだろう・・・そんな私の不安なんて吹き飛ぶように、クリストはものすごく饒舌に、話し出したら止まらない。そして、ジャンヌ=クロードの名前が全ての文章に散りばめられていた。特に二人で1970年代からスタートしたマスタバとコロラド・リバーのプロジェクトの話になると目がキラキラする。今は、クリスト一人で進めているのに、あたかもまだ彼女が生きているかのような口調で。パートナーシップは、パートナー亡き後も続いている。

エネルギッシュなクリストを見て元気をもらった。彼の30年越しの壮大なプロジェクトに比べたら、私の映画なんて本当にささやかなものだとつくづく思う。

『50X50』の完成&発表を遅らせるという決断

いま、日本からNYへ戻る飛行機の中でこのメルマガを書いている。
今回は実質1週間だったけれど、とても実り多い滞在だった。まずは、メルマガを購読してくださってる皆さんにいち早くご報告。

日本での『ハーブ&ドロシー 50X50(仮)』公開が、来年春にほぼ決定しました!

映画の完成は当初、今年秋のはずだった。ハンプトン国際映画祭が10月の初めにあるので、そこでのプレミアを目指していた。ハンプトンは、2008年に『ハーブ&ドロシー』がドキュメンタリー映画部門の最優秀賞と観客賞のダブル受賞をした映画祭で、アートや映画の関係者も多く、プレミアをするにはこれ以上ぴったりのところはない。

プログラミング・ディレクターも「できるだけ完成版に近いカットを早く見せて欲しい」と、締め切りはとっくにすぎているのに、辛抱強く待ってくれた。私の頭の中は「『50X50』の世界初公開は、ハンプトン映画祭以外では考えらない」という思いで固まっていた。

そんな折、映画完成を急ピッチで進めていた7月末、ハーブが亡くなった。もしかすると……、という思いは春ごろからあったので、ハーブの逝去は ある程度想定内。

映画中で「ハーブの死」は、ストーリーとして大切だけれど、そこを強調しすぎるとテーマがずれてしまうのではないか。さらりと伝えるだけで、内容を大きく変える必要はない、と信じていた。

ところが。

ハーブが亡くなって3週間後、編集がどうしても前に進まない。それに、ハンプトン映画祭でのプレミアが決まっても、9月一杯でオンライン編集や音ミックスを終えて完成させる、というスケジュールで間に合うのだろうか。何よりも、ハーブが亡くなってからまだ1ヶ月ほどなのに、慌てて映画を完成してしまっていいのだろうか。

不安と疑問で頭がパンパンになる。NYでオフィスをシェアしているフィルムメーカーに相談したところ「まだ物語が決着してないんじゃないの?」という答え。「それに、映画祭のスケジュールに合わせて映画を完成させるなんてナンセンスだ」と。

その時、真っ暗な雲がすーっと晴れた気がした。そうだ、確かに二人の物語が完結するには、もう少し時間がかかるかも知れない。

ハーブのお葬式で、ドロシーは、コレクションの終了宣言をした。二人のコレクションは、ハーブと共に始まり、ハーブと共に終わったと。
クリスティーズの山口さんと先日お昼を食べたときに聞いたのは、コレクションは3つのD -Death(死), Divorce(離婚), Debt(負債)- で大きく動くということ。ハーブの死は、映画の中で大きな意味を持つのではないか?

そう思ってる矢先に、ドロシーから思わぬことを聞いた。ハーブの50X50に対する本当の思い、そして彼のコレクションに対するビジョン。

ハーブの生前には語られなかった新しい事実が明るみにでて、正直びっくり。
(詳しくは、映画を見てのお楽しみに)

やはり彼の死は、きちんと伝えなければダメだ。物語は、まだまだ完結していない。私の中でその思いがはっきりした時、ハンプトン映画祭での公開をきっぱり諦めた。

ハーブとドロシーの結婚50周年記念でもある今年中に、映画を完成して公開できなかったことは、とてもつらい。サポーターの皆さんにも、今年中の完成&公開を約束していたので、申し訳ない気持ちで一杯だ。でも映画のピクチャー・ロックは、一度しかない。中途半端なクオリティで、映画を世に出したくない。

監督としての私が「映画完成を来年春に延期」を決定して、「ハンプトン映画祭での世界プレミア」を叫んでいた、プロデューサーとしての私の声を黙らせた。

いまは、これでよかったと心から思う。来週から、新たな撮影やインタビューの予定が沢山入っている。つないであるカットにも大きく手を入れて、オープニングもエンディングも変えて一からやり直し。

そのため当初の予算もオーバーなので、また資金集めもしなくてはならない。本当にとほほ、だけれどこれも現実を相手にしているドキュメンタリー映画の宿命だから仕方がない。

という事で、完成は今年一杯で、アメリカでの公開も来年春になりそう。この後『ハーブ&ドロシー 50X50』は、日米同時公開を目指して前進します。

アートと何かが交差する時

この1週間は、 intersection – 交差点 という言葉がすごく気になった。

アメリカ人はこの言葉が大好きで、二つの一見相容れないものが交わって、意外な結果が出る時の表現によく使う。今週私が行き当たったのは、いくつかのアートとの交差点だった。

まずは中国人のアーティスト、アイ・ウェイウェイ(艾未未)のドキュメンタリー映画『Ai Weiwei : Never Sorry』。知合いの監督、アリソン・クレイマンが撮った映画で、サンダンス映画祭でも大きな話題になった。アイ・ウェイウェイは、中国政府を相手に反体制的なメッセージを発信する挑発的なア―ティスト。映画を見ていて、最初は命がけで創作活動をしているアーティストとしての姿に感動する。でも、そのうち何かおかしい?と思い始める。

たとえば、数年前の逮捕時に暴力を振るったと言って、私服警官にせまり、サングラスを奪い取り、戸惑う警官の写真を撮ってtwitterに載せるという行為。暴力を振るった警官がいいとは言わないけれど、警官だって体制の一つのコマとして言われたことをやったわけで、彼個人を攻撃するのはフェアじゃないのでは?彼の挑発は一線を越えてないだろうか?アーティストというよりアクティビストじゃないか?彼の立ち位置は、まさにアートと政治の「交差点」だ。

次に行き当たったのが、エル・ブリというスペインのレストラン。グルメの方はご存知かと思うが、私はドキュメンタリー映画を見て初めて知った。バルセロナから車で1時間半程の郊外にあるエル・ブリは、世界で最も予約の取れないレストランとして有名。年に殺到する予約希望者は100万人。そのうち食事ができるのは8,000人というから、すさまじい競争率だ。

ここの食事の何がスゴいかというと、「食」という体験や既成概念を真っ向からぶちこわす驚愕の料理が40皿近くでてくること。それは、美味しいという感覚を越えて、とにかく「驚き」だという。

というのも、シェフのフェラン・アドリアがメニューを考えるにあたって考えるのは、普段当たり前と思っている食の概念は正しいのか
ーたとえば「スープは液状じゃなければダメなのか?」「デザートは、甘くなくてもいいのではないか?」ーといった問いなのだ。

レストランは半年だけオープンして、残りの半年で翌年のメニューを研究するという。仕事場は、キッチンというより実験室。まさに食と科学が交差する地点。そして創りだされた料理の見た目の美しさは、間違いなく「アート」だ。

残念ながら、レストランは去年7月でクローズしてしまった。エル・ブリは 、今後レストランではなく、財団として食の研究を続ける場になるらしい。

いま、遅ればせながら読んでいるのが、スティーブ・ジョブズの伝記。これまでもジョブズやアップル関連の記事を読むたびに目についた言葉であり、そして本の中でも書かれているのが、「テクノロジーとアートの交差点」。ジョブズのビジョンを的確に表している。

NYを拠点に世界的に活躍されていたアートディレクター&デザイナーで、今年1月に逝去された石岡瑛子さんの旦那様のニコさんと先日お会いした。石岡さんが、生前『ハーブ&ドロシー』を気に入って何度も繰り返し見てくださったという。アートを難しい言葉で語らず、目で見たままを受け入れている二人の姿に感動した、と。そして、すべての場面を細かく見て分析されていたらしい。美を徹底的に追求した石岡さんの目に『ハーブ&ドロシー』がどう映ったのか。石岡さんご本人とお話する機会を持てなかったことは残念でならない。

しかし、世界トップレベルの映画の現場で仕事をされてきた石岡さんに『ハーブ&ドロシー』を評価して頂いたとは、身に余る光栄である。
ニコさんが、最後にぽつんとおっしゃった。「エイコは、東と西、そしてデザインとアートの交差点をいつも追求していた」

「アートと異質の何かが交差すると、すさまじい化学反応が起きる」この一週間の発見だった。

新作『ハーブ&ドロシー 50×50』では、アートと何が交差するのだろう?ピクチャーロックまでに、「交差点」をどれだけ多く見つけられるのだろう?いまの時点で、ストーリーのほぼ4分の3が固まったという感触。まだまだ試行錯誤が続いている。

監督&プロデユーサーの脳みそと筋肉を使い分ける

日本での3週間の滞在を終えて6月末にNYに帰って来た。

日本では、未だ不足する製作資金集めに奔走し、来年春に向けての続編の日本公開の準備を整えてきた。今NYでは、頭を切り替えて編集作業に集中している。

プロデューサーとディレクターを一人で兼ねているので、ビジネス面も監督業も全部自分でやらなければならないのは、本当にシンドイ。
使う脳みそも筋肉も全く違う。人格も入れ替わるのではないかと思う。日本にいる時には、朝から晩まで人と会い、ミーティングの連続。
朝ホテルを出て、夜寝る直前までしゃべりっぱなしだった。

映画監督に限らず、アーティストーつまり表現する仕事をしている人—にとって、一番苦手なのがこの部分だと思う。どんなにすばらしいアイディアがあっても、実現するための資金を集められなければ何も作れないし、一人でも多くの人に作品を見てもらうためには、マーケティングの知恵も必要だ。それは、目の前にいる企業や財団の代表者に向かって、自分の作品をアピールすることから始まるのではないかと思う。一人の人間に自分の情熱を伝えられなくて、どうやって大勢の人に訴えるものが作れるだろう。私も、知らない人のところへ行って頭を下げて「お金を下さい」と言って廻るのはイヤだけれど、ここを乗り越えなければ映画を作り続けられない、と自分に言い聞かせて鍛錬している。

NYに帰ってくると、私の役割はプロデューサー業からディレクター業に変わり、一気にトーンダウンした。人とのやりとりはほとんどがメールになり、オフィスや自宅にこもって映像を見て、資料を読み、じーっと考える日々が多くなる。しかし、人との折衝で精神的にかなり消耗した後で、映画製作の現場に戻ると、乾いた大地に水が戻ってきたように、元気になる。

NYに戻ってすぐ、編集のバーナディンが住むウッドストックへ向かった。NYから車で北へ3時間ほど行ったところにある町で、1969年のロック・フェスティバルで有名になった(実際に開かれたのは近くのベセナという町だけれど)。いつもは、バーナディンが日帰りでNYへ来て終日打ち合わせをするのだけれど、今回は独立記念日の休暇もあったので、私の方から出向いて、2泊3日で編集合宿をしてきた。

森に囲まれた小さなバーナディンの家は、おとぎ話に出て来るような瀟洒なたたずまい。蟻の駆除や野生動物対策で苦労しているらしい。
「運が良ければ熊の親子が家の前に出てくるよ」とバーナディンが言うので楽しみにしていたが、あいにく熊には会えなかった。

私が日本に滞在中、バーナディンは全てのシーンを編集し終わり、2時間のラフカットが出来上がっていた。いったん繋がった全米12の美術館、6人のアーティスト、ハーブ&ドロシーの自宅や、マイアミ・アートバーゼルなどでのシーンを、さらに小さなテーマごとにばらばらに切り刻む。頭がクラクラする。一体、どうすればこのパーツがスムーズに流れるように繋いで行けるんだろう?登場人物のインタビューからキーワードを探しながら、バーナディンとブレーンストーミングを繰り返し、細切れになった映画を再編成して行く。

前にも書いたが、先日アーティストのリチャード・タトルに会った時、この映画は、私にとっての「成長の記録」となるはずだと言われた。
そして、この映画は一つの軸にそってすうっと流れるのではなく、一枚の大きなタペストリーのように広げて編み込むものであるのが見えて来た。そこには、ハーブ&ドロシーや、全米の美術館、地元の子どもたちやアーティストたちの絵柄が細かく編み込まれ、アメリカのアートの世界模様が映し出されている。アートって何? 美術館って何? アーティストにとっての成功や名声って、何? という問いがタペストリーから投げかけられる。それは、私がこの映画製作で綴ったアート探求の旅の記録でもある。

来週の月曜日には、いよいよ作曲家のデイビッドと音楽の打合せ。編集もいよいよ大詰めを迎える。そして、一カ月後の8月16日は、ハーブの90歳の誕生日。ただ、最近どうもハーブの容態があまり良くないのが心配だ。早く元気になってくれることを祈るばかりだ。

甘い復讐

今朝、ドロシーからこんなメールが転送されてきた。
「SWEET REVENGE FOR A BROKEN GUITAR—壊れたギターへの甘い復讐 」。
これを読んで、1ヶ月前に、続編の撮影でラスベガスとモンタナへ
行った際に、移動途中で起きたトラブルを思いだした。

土曜日、終日ラスベガスでロケして夕方の飛行機でモンタナへ移動す
る予定が、飛行機に乗り遅れてしまったのだ。
預ける荷物もなく、手荷物だけで、出発の40分前に空港カウンター
に到着したのに、アラスカ航空の従業員は、頑として飛行機に乗せて
くれない。規則では、出発の45分前にチェックインしなければなら
ないという。担当者は「次の飛行機に乗せてあげるわよ。到着は明日
の夜11時だけど、どうする?」と、しゃあしゃあと言うではないか。

モンタナでは、イエローストーン美術館の館長と、翌日の朝11時にア
ポが入っている。日曜の朝にわざわざ時間を作ってくれたのだ。
現地のカメラクルーも、ブッキングしてあるので簡単には予定を変え
られない。チケットを買った旅行会社やアラスカ航空の親会社、ユナ
イテッド航空にも掛け合ったけれど、全くダメ。予定通りロケをする
には、ラスべガス〜モンタナのチケットを新しく買うしかなかった。

土曜夜にフェニックスとデンバーで2度乗り換え、寝る暇もほとんど
なく、何とか朝9時過ぎにモンタナ州のビリングスに到着。撮影も無
事終了した。しかし、このためにかかった余分な飛行機代、宿泊費な
ど、被害総額はおよそ1000ドル。

NYに戻ってからも怒りは収まらず、 Facebookにこの事を書いたら、
沢山のコメントが寄せられた。同じような経験をしている人が大勢い
る。そして、高校の後輩が送ってくれたガイドラインを読むと、アメ
リカの空港チェックイン 時間は、手荷物だけの場合、30分前とある
ではないか。しかし、その下に小さな字で 「ラスベガス、アトランタ、
デンバー空港は、例外で要45分前到着」とあった。とほほ。
それにしてもねえ。たった5分の遅刻ですよ。

アメリカでは、航空会社とのもめ事は日常茶飯事で、誰にでもホラー
話の一つや二つは必ずある。何より頭にくるのが、従業員の失礼極ま
りなく、誠意のない態度。空港で、お客さんが、カウンター越しに航
空会社の社員に襲いかかり、ガードマンに連行される場面を目撃した
こともある。

で、ドロシーのメールに書かれた「甘い復讐」の話だけれど、これが
実に痛快であの時の怒りもふっとんでしまった。3年前に話題になっ
たらしいが、私は全然知らなかった。

デイブ•キャロルというミュージシャンが、ユナイテッドの飛行機で
移動する際にテイラーというメーカーのカスタムメイドのギター
($3500相当の価値)を預けたところ、明らかにユナイテッドの取り
扱いミスでギターを壊されてしまった。8ヶ月にわたって、弁償の交
渉をしたけれど、全く埒があかない。

「こうなったら、今回のことをビデオにしてYouTubeにあげるぞ」
と脅してもダメ。そこでデイブは「ユナイテッドにギターを壊された」
というタイトルで曲をつくり、ミュージック•ビデオにしてYouTube
にあげたところ、数日で100万以上のヒット数に!

ユナイテッドが、後で慌てて彼に連絡してきて、交渉に乗るからビデ
オをYouTube からはずしてくれ、と頼んだけれど、もちろん彼は応
じなかった。そして、彼のおかげでブランドの認知度が上がったテイ
ラーは、お礼として彼にギターを2台プレゼントしたという。
デイブは、一躍有名人になり、彼はパート3までビデオを作って、視
聴者は合計1億5千万人!

あるイギリスのジャーナリストが試算したところ、このビデオがユナ
イテッドにもたらした被害総額は180万ドル、株価10%下落に相当するとか。
その真偽はわからないけれど、アメリカの企業の顧客対応方法に、
大きな変革をもたらしたのは確かなようだ。
デイブは、今や音楽活動だけでなく、そうした企業に呼ばれて、
講演でも大忙しらしい。このミュージックビデオ、最高に笑える。
航空会社とのトラブルで嫌な思いをした経験がある人が見れば、
誰もが胸のすく思いをするだろう。
こういうクリエイティブな復讐の発想ができるのは、さすがアメリカ人・・・
と思ったら、彼はカナダ人でした。ビデオは、こちらから。

映画では使えなかったジョン・チェンバレンのインタビュー

この週末、グッゲンハイム美術館にジョン・チェンバレン展を見に行った。

チェンバレンと言えば、最初にハーブ&ドロシーのコレクション入りした作家。映画の中で、初めの方に出てくるナショナル・ギャラリーでのシーンは、きっと覚えて下さる方も多いと思う。ハーブが、獲物を狙う動物のような目でじーっと見て、「買ったときは、この置き方じゃなかった」という、あの場面。

チェンバレンは、1950年代終わりに出てきた抽象表現主義の作家。絵の具の代わりに、廃車のパーツを使い、キャンバスではなく、立体的な彫刻で知られる。アメリカの消費文化の象徴とも言える車を素材にして、ダイナミックでカラフルな色使いの彫刻は一斉を風靡した。

今だから言えるけれど、実は私は「ハーブ&ドロシー」の映画のために、チェンバレンをインタビューしたことがある。二人が、結婚後初めて購入した作品を買った時の様子やいきさつを是非知りたいと思ったからだ。NYから車とフェリーを乗り継いで4時間かけて、シェルター・アイランドという小さな島に、2005年の12月にカメラマンのアクセルと二人で訪れた。

そこで待っていたのは、彼の半分くらいの年のお美しい奥様(4人目)と、同じくお美しい高校生の娘さん2人。体育館くらいあるような巨大なスタジオにあふれ返る色とりどりの車のパーツと、その合間にそびえる彼の新作は圧巻だった。

とても愛想のいい奥様と娘さんとは対照的に、のっけからチェンバレンは不機嫌だった。何を聞いても「知らん」「覚えてない」の繰り返し。明らかに人を見下す態度。そして最後に「ああ、あのチビのことか?」スタジオの後ろの方で、母と娘たちは、小動物のように身を寄せて怯えながらその様子を見ていた。

インタビューは15分で終わった。

ところが、カメラを片付けたとたんに彼は上機嫌になって「今実験的につくってる新作を見せるよ」と自宅兼オフィスに案内してくれる。写真をコピー機でキャンパス地に印刷したイメージを見せてくれた。私はインタビューが上手く行かなかったことで、ぶりぶり怒っていたので、そっぽを向いていた。今思うと、何て大人気ない。

すると、チェンバレンがその作品にサインして「メリークリスマス!」と言ってアクセルと私に一点ずつプレゼントしてくれるではないか。(そうだ、今思い出したけれど、あの作品はどこへ行ってしまったんだろう?!)

何とかチェンバレンのインタビューを使えないかと編集のバーナディンと頭をひねったけれど、ダメだった。というのも、彼の悪辣さは、映画のトーンにあまりに合わない。このインタビューを使うとチェンバレンも、ハーブ&ドロシーの事も良く見えないし、何ていうか、映画が濁ってしまう。

彼の口の悪さは、世間で有名だったらしい。ということを、展覧会のオーディオガイドで知った。中西部生まれで幼い時に両親が離婚し、中卒、若い頃に奥さんを病気で亡くしていた。彼のはったりの陰には、とても傷ついた心があったのかも知れない。本当はビッグハートの持ち主である事を隠すための、彼独特のはにかみだったのか、とも思う。

グッゲンハイムで見た作品の数々は、そんな彼の複雑な人間性が垣間見えるものだった。乱暴なようで、エレガント。雑なようで繊細。男っぽいけれど女性的。そして、廃車になった車のバンパーとは思えてないような見事な色使い。ハーブ&ドロシーのコレクションにあるような小さな作品も何点かあった 。ハーブが言ったように、どれも「小品ながら大きなスケールを感じさせる」ものだった

アートのことを全く知らず、彼の作品のこともわからないままインタビューしていた私。チェンバレンは、そんな私の無知を見抜いていたんだと思う。失礼なのは、私の方だった。

チェンバレンは、去年の12月、このグッゲンハイムでの回顧展のオープンを待たずに 、84歳で亡くなった。彼には「ハーブ&ドロシー」が完成した時の案内さえ送らなかった。彼は、映画を見てくれたのだろうか。それを確かめることも、お詫びを言うチャンスもなかったのが、悔やまれてならない。

いつも頭を抱えるカメラマン探し

ラスべガスとモンタナ州ビリングスでのロケを終えて昨日NYに戻ったところです。ラスベガスでは、ハーブ&ドロシーのコレクションを寄贈直後に閉鎖になってしまったラスベガス美術館と、コレクションの引取り先のネバダ大学、モンタナ州では、先日メールマガジンでも紹介した「VISIBLE VOLT」を持つイエローストーン美術館を取材しました。

地方で撮影する際に、いつも迷うのがカメラクルーです。NYで一緒に仕事をしているクルーを連れていくには費用がかかる。でもそれなりにレベルの高いカメラマンを、安い予算で探せるのか。そして新しいカメラマンと仕事する際には、一からプロジェクトの説明をしなくてはなりません。いつも迷いますが、結局今回も、私一人が現地へ行って地元のクルーを雇って撮影しました。 

現地クルーと仕事をする利点は、旅費を節約できるだけではなくて、彼らが土地勘を持っていることです。例えば、ラスベガスの町の紹介カットを撮影するには、どこからどう撮ればいいのか、などよくわかっているので、とても助かるわけです。NYのクルーと現地へ行くと、レンタカーをして、地図を見たりGPSを頼りながら知らない土地を移動することになるので、こういう撮影や移動に余分な時間とエネルギーがかかってしまいます。

では、どうすれば優秀な現地のカメラマンを探せるのか?これは、私がNHKで仕事をしていた頃から悩みのタネで、今でもかなり苦労します。私がいつも使う方法は、まず地元のテレビ局のニュースルームに連絡して上手なカメラマンを紹介してもらうこと。これが一番確実です。また、よく使うのは、MANDY.COMのようなサイトで、全世界で登録しているありとあらゆる映画やTVの製作クルーを、地域とキーワードで検索できるようになっています。

TV局の推薦&サイト検索&で上がった名前に片っ端から電話をして、まず日程が空いているかどうか、私たちが使っている機材があるかを聞き、そして今回どのような撮影をしたいかを伝えます。

次に値段の交渉。ここが一番の難関。というのも私たちが提示する値段は、業界の料金の半分以下だからです。ここで、半分以上のクルーが即NGになります。「いい映画だから協力したいけど、それは絶対無理」とやんわり断られる場合もあるし、「お話になりません」と一笑に付される場合もある。そこで黙って引き下がらずに、ではあなたがダメなら、他にいいカメラマンを紹介して欲しい、とお願いします。

普段どんなにギャラが高いカメラマンでも、 映画に共感してくれると、ギャラに関係なくOKしてもらえるので、そういう人を粘り強く探します。そして最後5〜6人まで絞る。さらに彼らが今までどんな仕事をしてきたのか、今までどんなドキュメンタリーやTV番組の仕事をしてきたか、を詳しく聞きます。これまで仕事をしてきた顧客リストにABCやCNN、ディスカバリーチャンネルの名前が連ねてあっても、安心できません。仕事内容はカメラアシスタントだったりPAだったりすることも多々あるからです。

アメリカでは、ものすごい数のカメラマンが存在して、皆それなりに食べて行けるということは、それ相当の仕事があるわけです。そして、多くのカメラマンは、企業の宣伝ビデオの仕事で生計を立てています。こうした企業ビデオを主に撮影しているカメラマンは、使う筋肉が違うので、ドキュメンタリーの撮影に慣れてる人でなければ厳しいわけです。彼らが撮影したフッテージをYouTubeなどで見せてもらいますが、それでも油断できません。実はそのフッテージは全て本人が撮影したわけではなく、何人ものカメラマンで撮影した場合があるからです。

今回は、NYのスタッフのキキさんがこの執拗なリサーチのプロセスを経て7人まで絞ってくれて(途中で「メグミさん、死にそうです!」という悲鳴)、最後は私が電話で話して決めました。電話で話すと、人柄や私との相性、このプロジェクトにどれくらい興味を持ってくれているか、など色々なことがわかります。

現地で撮影を始める時の最初は、大抵ワイドショットや、建物の外観。そこで三脚を立てた時に、大体カメラマンの力量がわかります。現場を見て、三脚をどのアングルからどう立てるのかで、カメラマンのセンスがでているからです。今回仕事をしたラスヴェガス、モンタナでのクルーは、両方ともすばらしかった。ラスヴェガスで仕事をしたジャスティンは、地元のネヴァダ大学の映画学科を卒業して、カメラマンになり立てですが、フットワークも軽く、若いけれど、なかなかセンスがいいカメラワークでした。モンタナのリックは、かなりのベテランで、何も言わなくても次から次へと自分で判断して撮影してくれました。モンタナにはイエローストーン国立公園があるので、ネイチャー系の撮影が多くあります。彼は、ナショナル・ジオグラフィックお抱えのプロダクションで働いて鍛えられたそうです。

どんなに下手くそなカメラマンでも、結局合格点の映像が撮れるかどうかは、結局監督の力量。だから、あまりカメラマンの悪口は言えません。「カメラマンがマズかったから、こんな映像しか撮れなかった」とグチを言っても誰も慰めてくれませんから。

今回のメルマガは、初めての経験で神経衰弱にかかりながらも頑張ってすばらしいクルーを探してくれたキキさんに捧げます。
キキさん、本当にお疲れさまでした!

水問題を扱ったちょっとコワいドキュメンタリー Last Call At The Oasis

2週間半の日本滞在を終えて、先週NYに戻りました。日本では、連日のミーティングでしたが、最終日に中目黒で見事満開の桜を見ることができて、シアワセな気分でNYへの帰路につきました。桜が「お疲れさま~」 と、慰労してくれてるようでした。

帰った直後のNYは東京よりもずっと寒かったのに、昨日と今日、気温が突然30度近くまであがって突然の真夏日。昨日は、時差ボケと暑さでぼーっとする頭を抱えて、フォード財団が主催するENVISION 2012 というイベントに参加しました。

そこで見たドキュメンタリー ”Last Call at the Oasis “は、時差ボケの私にも目が離せないほどスリリングな映画でした。
http://www.lastcallattheoasis.com/
テーマは、水の危機。水問題を扱ったドキュメンタリーは多くありますが、多くは途上国での水不足や水質汚染がテーマ。この映画は、意外にもアメリカが主な舞台になっています。

アメリカでは、生活していて水に問題があるなんて殆ど意識しません。だからこそものすごい勢いで水を消費するアメリカ人に、この映画を見て欲しかった、と監督は言います。地球上にこんなに水が溢れているのに、どうして水が不足するのか?と思うかも知れませんが、人間の生活に使える水は、地球に存在する水のわずか2% だそうです。海水を利用できないのか?と思いますが、海水を淡水に変えるには、多大なコストと燃料がかかります。砂漠の真ん中にあるラスべガスでは、あと数年で水が完全に枯渇するそうです。人口が増えて、水の消費量が増えて、使える水がものすごい勢いで減っているという現実。情報として何となくわかっていても映像で見せられた時のインパクトは大きかったです。

さらに、水の汚染も深刻です。工場廃棄物や化学物質による汚染、畜産動物の排泄物の汚染もさることながら、私たちが体内に取り入れている大量の薬物—抗生物質やホルモン剤などが自然界に大量に流れ込んでいて、こういう薬物は、浄化できないそうです。それを考えると、気軽に頭痛薬や風邪薬をのむのもためらいますよね。

映画を見終わった時は、無性にノドが乾くと同時に思わずトイレに行きたくなりました(笑)

ENVISION 2012 は、フォード財団と国連が協力して進めているドキュメンタリー映画のプロジェクトで、グローバルな問題を、映像を通じて啓蒙していこうという試みです。一企業が、ここまでドキュメンタリー映画にコミットして、国連も巻き込んで支援してくれるシステムは羨ましいですね。日本でも、ドキュメンタリー映画への理解がもっと広まって、企業も参加してこういう啓蒙活動にどんどん使われればいいなあと思います。

明日は、エディターのバーナディン•コリッシュと終日,続編の映画についての打ち合わせがあります。バーナディンは、NYから車で3時間ほど北へ行ったウッドストック(そうです、あの歴史的なウッドストックのコンサートがあった町です)に住んでいるので、彼女とのやりとりは、普段はスカイプか電話。実際に会ってミーティングするのは、今回で2度目です。最近、アメリカの映画監督と編集者は、このように遠距離で仕事をするケースが増えているようです。私にとっても初めての試みなので、どんなプロセスになるか楽しみ、と同時に少々不安。映画は、追加撮影もほぼ終えて、これから 本格的な編集作業に入ります。撮影したフッテージを全てリアルタイムで試写し終わり、明日映画の構成、ビジョンなどをブレインストーミングして決めていきます。

これからの3~4ヶ月で、いよいよ映画が形になって現れてきます。今後の進展は、また追ってご報告します。